労働組合向けガイド:長期介護改革

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労働組合向けガイド:
長期介護改革

労働組合向けガイド:長期介護改革

本ガイドブックは、組合が長期介護部門における良質なケアの主な指標とディーセント・ワークの原則を理解し、改革のためのケースを構築するのに役立つ。

このガイドブックは、組合が長期介護部門における良質なケアの主要指標とディーセント・ワークの原則を理解し、改革を推進するためのケースを構築するのに役立ちます。

コンテンツ一覧

このガイドブックは、組合が長期介護部門における良質なケアの主要指標とディーセント・ワークの原則を理解し、改革を推進するためのケースを構築するのに役立ちます。

PSIは、RMIT大学のサラ・チャールズワース博士、ストラスクライド大学のイアン・カニンガム博士、ヨーク大学のタマラ・デイリー博士が執筆した新しい包括的な報告書「ディーセント・ワークと質の高い長期ケアシステム」を発表しました。

以下のガイドはこの報告書を要約したもので、長期ケア(LTC)における良質なケアとディーセント・ワー クに資するものの主要原則と指標を概説している。

これらの原則と指標は、厳選された北半球および南半球の国々における介護雇用と移民制度の労働者中心の類型に基づくものである。この類型論は、カナダ、オーストラリア、チリ、フランス、インド、スコットランド、フィジー、南アフリカにおける広範な机上調査と国別のケーススタディに裏打ちされている。

本ガイドの目的

本ガイドは、各国の長期介護(LTC)部門における実践的な改革を提唱するためのエビデンスに基づく洞察を提供する、労働組合のためのリソースとなるものである。本ガイドの焦点は、北半球で確立されたLTC制度にとどまらず、南半球で発展しつつあるLTCサービスや制度にも及んでいる。

本コンテンツは、説明責任を果たし、質の高い LTC を提供する労働者を支援する成功モデルと改革の例を提 供するだけでなく、国際公務労連(PSI)とその加盟組合がキャンペーン、交渉、公共メッセージにお ける機会を明らかにするものである。

ロングタームケアとは何か?

長期介護部門には、施設における介護サービスと居宅介護サービス、ならびに有償の労働者だけでなく家族が家庭で行う非公式、無償の介護労働も含まれる。高齢者介護サービスから障害者サービス、慢性疾患患者向け医療サービスまでさまざまあるが、長期介護では高齢者の介護に主眼を置く。

高齢者を対象とした長期介護の下位部門には主に、施設における介護サービスと居宅介護サービスの2種類がある。本報告書は、主に女性が行う「家族介護」や無償の介護が重要な役割を担っていることを認識する。世界的にも、高齢者の支援は家庭を中心に行われているにもかかわらず、移住や女性の就業増、国外への移住といった人口動態の変化により、家族介護にも課題が生じている。このような状況の変化をうけ、OECD加盟国の多くでは、国家が提供し、営利・非営利部門に外部委託される公式のサービスが増加している。

質の高いケアのための主要原則

本報告書は、ディーセント・ワークと質の高い長期介護制度を構築するための基盤として、6つの主要原則を挙げる。

見出しをクリックすると、各原則の概要をご覧いただけます:

原則1:介護費用に見合う公的資金

  • 国や地域レベルの政策や資金調達は、公的資金を受けて運営される長期介護における利益誘導を排除する観点で策定すべきである。公的資金は介護にかかる費用の全額に見合った額が投じられ、経済的な資格よりも必要性に基づいてサービスを提供すべきである。

原則2:公共または非営利のサービス提供

  • 長期介護の理想的な提供形態は、公共部門が労働者を直接雇用して提供する直接のサービスである。民間部門の関与は、過剰な利益追求と質の低い介護を招くと同時に、新型コロナウイルス感染症のケースで明らかになったように、緊急事態への対応能力を低下させる。営利目的の介護施設では、労働者やサービス利用者にかける経費が最小限に抑えられていることから、公的部門や非営利の施設と比較して死亡率が有意に高かった。

原則3:公的管理責任

  • 長期介護は公共財である。公的管理責任は、政府が公益のために行動し、制度や組織レベルにおいて、質の高いケアとディーセント・ワークを、提供形態を問わずしっかりと監視し、評価し、徹底することを義務付けるものである。公共部門の労働者が直接提供する長期介護は、概してサービスの質が高くなる。一方長期介護を民間の非営利・営利施設に外部委託する場合、政府は、公的資金の支出や事業者のコンプライアンス違反を監視するために、有効な契約を用意しなければならない。

原則4:公共データの透明性と説明責任

  • 公共システムの管理責任を支えるためには、政府資金の公的説明責任を追求する仕組みが必要である。長期介護システムの規制遵守、労働力、雇用契約の種類、請負業者の業績、提供される介護の質における成果などに関するデータは、公的に報告されなければならない。システムレベルで改善し、受け手にとって質の高い介護を実現するために、事業者は適正な労働条件を整え、実績を公開し、データを独立した立場で精査できるようにする必要がある。長期介護サービスを提供する者は、営利団体にサービスを委託する場合、公的資金の支出に関する説明責任をめぐり大きな疑問が生じることをふまえ、その運営と成果データについて最大限の透明性を確保すべきである。

原則5:適正な労働条件

  • 長期介護における適正な労働条件の一つに、労働者が職場で尊厳を保ち、自分自身と家族を養い、有償労働以外の生活を十分に送ることができるような生活賃金を提供する賃金水準と十分で予測しやすい労働時間がある。長期介護においては、希望すればフルタイムの雇用が利用できる確実な雇用契約、書類作成や顧客間の移動を含むすべての労働時間に対する支払い、有給休暇や退職手当の利用、優れた研修、有意義なキャリアパスの利用、安全な労働条件も適正な労働条件に含まれる。

原則6:介護における尊厳

  • どのような環境であろうと、介護に一貫性を持たせること、つまり長期介護労働者がサービス利用者の好みやニーズを知る時間を確保することは、尊厳にとって重要なことである。介護における尊厳は、十分な訓練と支援を受け、十分なスキルを備えた労働者による介護が受けられるかどうかにもよる。自分が受ける介護について選択できること、かつ介護を受ける時期についてある程度の柔軟性があることが重要である。

セクターの主要動向

長期介護の市場化、労働、雇用

以下のテーマをクリックすると、介護業界全体の新たなトレンドがご覧いただけます:

長期介護の市場化

長期介護の市場化は、グローバルノースのさまざまな国で、同じではないにせよ、似たような軌跡をたどってきた。長期介護提供の市場化に向けた戦略は、新公共経営(NPM)の考え方に影響を受けている。とりわけオーストラリア、カナダ、スコットランドの事例に見られるように、NPMは市場化を促し、国が直接雇用して直接提供する公共サービスは、民間(営利)や任意(非営利)事業者ネットワークに委託(空洞化)される。このようなアウトソーシングの根拠は複数あるが、それらは国家が直接提供するサービスは財政的に持続不可能であるという考え、市場規律とリスクをサービス提供者とその労働力に課すことでサービスの質を向上させる動き、民間部門の経営手法とイノベーションを公共サービスに導入すること、競争を通じてコスト削減とサービス提供の効率化を強制すること、特定のタイプの事業者(非営利団体など)が顧客とそのニーズと近い存在にあること、労働組合と団体交渉が規制できる範囲を狭めること、第一線の介護労働者の雇用条件の低下といったNPMのイデオロギーに触発されたものである。

公共サービスのサプライチェーン関係

市場化された長期介護システムは、民間や非営利の介護事業者と国家との間に特別な力関係をもたらす。前者が後者の財源をあてにするのである。直接提供される公共サービスは、アウトソーシングのプロセスを通じて着実に「空洞化」し、国家は事業者であると同時に、他者が長期介護を提供できるようにするための存在となる。国家は、中央、地域、地方のいずれにおいても、民間および任意事業者のネットワークを構築し、その主導と調整にあたる。

長期介護においては、国と事業者との関係の多くで問題が生じやすい。スコットランド、カナダ、オーストラリアなどの事例を見ると、国からの資金提供では、介護にかかる全費用やインフレ圧力がほぼ考慮されていないことがわかる。さらに、資金は厳しい重要業績評価指標(KPI)に縛られており、年々効率化が求められ、緊縮財政時には資金削減が求められることもある。単一の有力な資金提供者の存在があり、他の資金の利用ができないか利用が限られているような関係では、事業者組織がとくに弱い立場に立たされる。

安全性と持続可能性という点で見ると、資金提供者が事業者に節約と効率化を求める圧力が常にあることで、事業者が部分的または全面的に市場から撤退し、政府にサービスを戻す動きが生じた。市場化は、NPMと新自由主義的価値観の組み合わせを通じて発展してきたが、そこには同時に障害者人権運動の影響もあった。サービス利用者の願望や志しを第一に据えるサービスを求める声が高まりつつあり、サービス利用者は、事業者のタイプ(公的、民間、任意団体)、さらには職員個人に至るまで、個々の選択を表明する消費者として捉えられている。こうした計画により、正確なサービス提供のタイミングと時間数をめぐる決定がなされる。

国(オーストラリア、フランス、スコットランドなど)は、現金給付制度(cash-for-care)として知られる介護の個別化または「パーソナライゼーション」(個々人向けに最適化すること)を促すプログラムを導入することで、介護サービスの市場化を進めた。現金給付制度は、国が支払い制度を導入し、財源を任意団体や民間の事業者に直接提供する代わりに、個人の予算という形で個人や介護の受け手に資金が渡る仕組みになっている。こうした制度は介護の受け手が自分の生活について選択できるよう設計されており、国や事業者が提供し「汎用」サービスとは一線を画する。

介護の過小評価とジェンダー

市場化はまた、特定のジェンダーが行う介護労働の過小評価、性別役割分業、女性のケアスキルを自然のものとする考えを永続化させる。長期介護の仕事が低賃金なのは、女性の従事者が圧倒的に多いからであり、ケアの仕事は母親を中心に女性が行うものという性別役割分担意識と結びついているからである。その結果、養育や思いやりといった能力は当然のものとされ、過小評価を生む。長期介護サービスの資金提供者も国や公的機関を含めこの流れに加担し、仕事の特性に伴うスキルを考慮した費用設定をしないことで女性による労働の過小評価を助長している。

長期介護におけるテクノロジーの活用

市場化を議論する際に、費用削減や緊縮財政における新しいテクノロジーの役割や、ジェンダーに基づく長期介護の過小評価を取り上げるのは妥当である。市場化された介護システムでは、情報通信技術(ICT)が費用削減の優先事項として位置づけられている。報告によると、公共サービスを提供する経営者は、テクノロジーを、効率や費用削減を実現し、労働者の裁量を減らす新たな管理形態の導入に有効な解決策だとしている。費用削減が求められる状況の中、長期介護事業者の間でこうしたテクノロジーの導入はますます急務であるとされている。

公的資金提供機関で成人の長期介護を担当する英国のソーシャルサービス責任者を対象とした2019年の調査では、96%が費用削減にICTの活用が重要だと考えていることがわかった。実際、緊縮財政により予算の大幅削減がなされたにもかかわらず、ICTは地方政府が行政サービスを維持するための重要な手段だとされた(ADASS、2019)。

テクノロジーの導入によって長期介護労働者の仕事が変化し、サービスが劣化する可能性も高い。テクノロジーは、市場化された長期介護労働において、不安の増大と労働の激化をもたらす圧力の根幹にある。

テクノロジーの適用はまた、介護の受け手にも悪影響を及ぼす。リモコンやセンサー、ロボットといった技術的なソリューションを優先することで、介護の受け手は人と人との対面の関わりを失う。ICTを通じて利用者宅での時間を監視することは、社会性と人と人との関わりをもって最も弱い立場にある人々に対応する労働者の自主性を奪うことにつながる。

金融化による長期介護からの利益追求

チリとインドで行われたケーススタディでは、進化する長期介護システムに多国籍企業が新たな関心を寄せていることがわかった。これは、市場化されたシステムが持つまた別の特徴であり、民間の多国籍大企業による利益追求という容認しがたい雇用慣行の一因となっている。CICTAR、Fédération Santé Action Sociale CGT(CGT保健社会活動連合)、Fédération CFDT Santé-Sociaux(CFDT社会保健連合)による最近の調査(2022年)では、オルペア社が介護施設に多額の負債と賃貸料を負わせているという報告があることがわかった。オルペア社は介護施設を売却して利益を得た後、新しいオーナーから物件をリースバックしていた。こうした不動産投機は、ルクセンブルクで設立された40の子会社による複雑な網を通じて行われている。こうした取引自体に違法性はないが、透明性の向上を求める声がある(CICTAR, et al、2022)。オルペア社だけでない。このような形態の金融化は普通にある。英国だけでもケア資産は2,450億ポンドに上り、過去5年間の年間取引額は15億ポンドに達している(CICTAR、2023年)。

市場化の加速は、力のある資金提供者が費用削減を軸に事業者と関係を築くことを可能にし、ジェンダーを理由とした女性の仕事の過小評価を長引かせ、費用管理に焦点を当てたテクノロジーの導入を促し、多国籍企業による搾取的な金融化形態を許すことで、雇用条件における「底辺への競争」を招いてきた。近年はさらに、スコットランドやカナダなどグローバルノースの一部の国で緊縮財政が導入され、こうした圧力が加速し、悪化した。

労働条件

以下は、労働条件の主な傾向をまとめたものである。

 

家族介護の減少

 

家族介護の減少と市場化の傾向には一致する部分もある。世界全体では、女性は男性よりもはるかに多く家族無償介護労働に従事しており、その労働の約80%を占めている(ILO、2019年)。長期介護における無償介護労働の貢献度は、グローバルサウスではるかに顕著である。同時に、ケーススタディでわかるように、人口動態の変化に加え、社会経済的、政治的な傾向の変化により、こうした労働に従来から依存してきた状況に変化が生じた。グローバルサウスの各事例で、工業化、都市化、教育機会の拡大、人口動向の変化、ケアのグローバル・バリューチェーンの創出が、家族介護への依存を低下させていることが明らかになっている。しかし、このような変化がより顕著になる一方、フィジー、南アフリカ、インドなどの事例に見られるような多額の支出は、依然として主に母親と幼児を対象とした保健サービスに向けられている。しかし、需要が高まっているにもかかわらず、グローバルサウスにおける長期介護提供の事例を精査してみると、その適用範囲には大きな格差があることがわかる。

 

さらに、グローバルノースから市場化形態が広がると、家族介護の減少により、グローバルサウスの長期介護労働者と利用者にいくつかの脅威が及ぶようになる。その1つ目は、ケアのグローバル・バリューチェーンの成長により、移民がグローバルノースの現地労働者に代わり、価値が低いとされる介護労働に従事する状況である。グローバルサウスからグローバルノースへの移民の流れは、グローバルサウスの各国で保健・介護労働者の不足を招き、すでに資源が限られたグローバルサウスからさらに資源を奪うことになる。

 

2つ目の脅威は、グローバルサウスのケーススタディにおいて、人口の高齢化が進んでいることである。ケーススタディにより、多国籍企業が新たな市場を見出していることが明らかになった(インドや南アフリカなど)。国家が適切な規制を設け、長期介護システムの構築に取り組む姿勢がなければ、国家、労働者、利用者は、フランス、オーストラリア、スコットランドなどでよくある、多国籍企業による金融化戦略の影響を受けやすくなる。ケーススタディによって、主に非公式と思われる労働者が無償労働に似た状況で従事していることでわかるように、グローバルサウス諸国で民間事業者によるサービス提供が増加すると、並行する組織化の取り組みも脅かされる。グローバルサウスで例えば不動産取引からの価値搾取のような金融化慣行といった多国籍企業の長期介護活動が拡大し、2階層の介護システムが構築され、労働条件が悪化するにつれ、非公式の無償長期介護労働の規制を求めて運動する組合の取り組みも大幅に増えるだろう。

 

 

長期介護における仕事の質の低さ

 

賃金と労働条件

長期介護の市場化に関する幅広い研究により、賃金と労働条件は他の職業に比べて一般に低く、ほとんどの国の経済において最低レベルにランクされていることが浮彫りになった。2017年のILOの調査によると、一般的に長期介護労働者の賃金は他の介護労働者よりも低く、労働条件も悪く、社会保障も少ない。介護の仕事が過酷になると、労働者は同じように低賃金でも任務が軽い小売業や接客業に移るようになる。Eurofound(2020年)によると、EUでは、長期介護労働者の賃金は全国平均を大きく下回ることが多く、さらに民間部門の賃金は公共部門よりも悪い。

 

同様に懸念されるのは、市場化によって支払い単価が公共部門よりもさらに低下した点だ。市場化によって、同等の仕事を行う公共部門労働者が受けていた手当に匹敵する各種手当も縮小した。年金受給権、疾病手当、休日手当、時間外手当、その他規定外労働時間に対する手当などがこれにあたる。介護労働者に法定最低賃金が支払われていないという報告も増えている。こうした低賃金の原因は、外注業者間の価格競争により、移動時間などの費用を賄うだけの資金が不足したことにある。その結果、地域長期介護サービスに従事する労働者は、訪問時も無償の移動を強いられ、平均時給は法定最低賃金を下回ることになる。テクノロジーはこうした費用削減策を助長する。ICTは労働者の見張りに使用され、利用者の訪問時間を監視する。

 

グローバルノースにおけるこうした容認しがたい慣行は、長期介護労働者の地位と条件の公式化と最低賃金ガイドラインの適用に取り組むPSI加盟組織の活動家に明確な教訓となる。また、長期介護サービスによっては、制服の購入や、研修や専門資格の取得にかかる費用の負担を求められることもある。市場化された成人用長期介護において労働条件が着実に低下していることは、標準的な雇用関係の終焉の前触れであり、被雇用者に用意されるのは基本給と、入社、研修、安全衛生に関するいくつかの義務だけとなる。

 

雇用不安

 

市場化された長期介護システムにおける労働と雇用もまた、不安定になりうる。資金調達の不確実性は、政府の優先事項の変化や財政縮小に起因する場合がある。非営利事業者、民間事業者が資金の更新において厳しい状況に置かれることで、多くの国では、臨時契約の割合が平均より高くなったり(スコットランドなど)、資金調達サイクルの特定の時期に特定のグループの労働者が不安定な契約で雇用されやすい状況(チリなど)が生じている。OECD加盟国全体では、長期介護労働者の非標準的な臨時雇用は、保健部門の約2倍に上る。欧州のデータでは、保健部門と比べて長期介護に従事する労働者の方が転職を考えており、その理由が雇用不安と不満に関連していることが明らかになっている(OECD、2022)。

 

長期介護の個別化あるいはパーソナライゼーションも、雇用不安にまた別の次元を加える。介護に対するこのようなアプローチは、サービスの受け手が、誰からサービスを受けるかの選択も含め、選択肢を持つ「顧客」とみなされるため、市場の圧力を増大させる。この場合も、被雇用者の労働生活に別の不安要素が加わる。なぜなら、サービス利用者の要求に合致しない職員は移動や失業を余儀なくされるからである。実際に、サービス利用者が自分の要求と理想的に合致しない場合にサービス事業者の変更を要求している状況で、労働者が雇用の安定を脅かされている例がある。

 

激務化

 

長期介護では、激務化がさまざまな形で生じる。移動時間に十分な資金が払われず、労働者は仕事が終わるまで帰らない傾向があるため、規定の時間制限を超えて無償で業務を引き受けることになる。オーストラリア、カナダ、スコットランドの事例と同様、サービスに対する需要の高まりが、資金不足、働き手不足と相まり、労働者の仕事を激化させている。長期介護分野の先行研究では、人員不足が原因で、労働者が休憩時間を削って働いたり、無償で残業したりすることが一般化したことがわかっている。また、人手不足と欠勤により労働者が二重シフトに入るという慣行も珍しくない。ここでもまた、女性労働者はケアをする能力が無限にあるような見方を土台に、犠牲や無償の労働が投じられた。サービス利用者の名において犠牲が払われ、「強制的利他主義」と呼ばれた。そこには、女性は無償で仕事を引き受けるというジェンダー特有の前提がある。

 

離職率や欠勤率の高さによる激務化は、質の面でも職員とサービス利用者の幸福の面でも犠牲を伴う。まず、長時間働く労働者は「燃え尽き症候群」やストレスに苦しみ、心身の健康に影響が及ぶことが研究で明らかになっている。これが欠勤を招き、すでに人員不足の状況をさらに圧迫することになる。また、挑戦的行動や集中力の欠如が職員に対する身体的暴力につながる可能性があるサービスでは、激務化とそれに伴う疲労の影響によって、身体的健康が危険にさらされることもある。過酷な業務、そして身体的・精神的健康に影響を与える要素にさらされることが、仕事の満足度を低下させ、長期介護労働者の定着率の低さを招く主な要因と考えられている(OECD、2022)。

 

不十分な支援、訓練、スキル開発

 

このような市場化された環境では、労働者の監督が行き届かなくなる。賃金が低いと、第一線で働く労働者とその上司やラインマネージャーとの直接かつ正式な対面(またはデジタル)のやりとりに割かれる時間が圧迫される。定期的に適切な監督を行うことは、厳しい環境での勤務に必要なサポートを労働者に提供するうえで重要な要素の一つとされる。しかし、市場化されたシステムと持続的な費用削減により、労働者と監督者が一緒になって監督活動に従事する時間を確保するための資金が制限された。このような監督の過小評価とそれに伴う支援の格差は、オーストラリアでも繰り返されてきた。調査では、組織のラインマネージャーが減少していることが明らかになった。残されたラインマネージャーは管理の対象が増え、監督に割く時間が削られるようになった。全体として、監督研修などの利用が限られているため、市場化されたケアシステムでは、多くの労働者が危険な状況や顧客の緊急事態に対処する能力が不十分なまま仕事をしている。

労働時間の断片化

労働時間の編成は、長期介護における人件費削減のために資金提供者や経営陣が投じる努力の重要な要素である。前項で概説したように、ICTの適用は、組織が労働時間を監視・管理するためのツールとなりうる。さらに、市場化されたケアシステムのもとでは、柔軟な契約形態の導入やシフトのスケジューリングを通じて時間の管理がなされることで、費用削減と労働の劣化に拍車がかかる。長期介護分野はパートタイム労働が非常に多く、経済全体の平均の2倍に上る。例えば、OECD諸国では長期介護労働者の45%がパートタイムである。EUでは、長期介護労働者は交代制のシフトが組まれ、労働時間については何も言えず、規定外労働時間に急遽シフトに入るよう求められることが多いとの報告がある(Eurofound、2020)。公共サービスの資金提供者の間では、実際に介護した時間分しか労働者に給与を支払わないという傾向があり、これが不安定な契約形態の導入を招いた。費用削減のために柔軟性の増大を求めるこうした圧力は、ケア提供を個別化、パーソナライズするアプローチにおいてさらに高まる。パーソナライゼーションとは、いつサービスを提供するかをめぐる「顧客」の希望がケアモデルの中心にあり、労働時間の編成でますます重要になるということである。

 

このような市場化された環境では、短時間契約、パートタイム契約、リリーフ契約、ゼロ時間契約(ZHC)が激増しかねない。柔軟性と費用削減を求める資金提供者やサービス利用者の要求に応えるためにこうした契約形態がますます使われるようになるため、雇用時の時給は、生活できる適正な賃金を受け取れるかどうかにはさほど影響しない可能性がある。重要なのは労働時間数であり、こうした契約上の取り決めにより、労働者は「労働時間に飢えた」状態になる。パートタイム労働も「労働時間の貧困」と関連がある。EUの長期介護労働者の割合(非施設型長期介護では30%、施設型長期介護では20%)は、フルタイムの仕事がないためパートタイム契約を結んでいるとの報告がある(Eurofound、2020年)。

 

 

介護における新しい形態、プラットフォーム労働の導入

 

介護労働の編成は現在、デジタルプラットフォームを通じて行うことができ、サービス利用者は、さまざまな独立・非正規の介護労働者の中から担当を選ぶことができるようになっている。オーストラリアは、このような非正規のプラットフォーム型介護労働者の増加を最近経験した国の一つである。この技術を活用することはつまり、デジタルプラットフォームによって雇用主が労働者と被介護者の間の電子的な接点となることを意味する。このような市場化されたシステムでは、被雇用者は費用や細分化されたシフトパターンの面でリスクが増大する。介護が代理事業者の環境から主に個人宅に移ったことで、仕事は個別化され、労働者は孤立する。資金提供者がケアパッケージに十分な資金を投じず、サービス利用者も職員の賃上げのための費用を支払うことができないため、介護に従事する労働者の賃金が犠牲になる。このような労働形態では、直前のキャンセルや、長時間通勤を伴う無駄の多い短時間シフトなど、他の不安定な労働形態で生じる問題の多くが同様に生じる。労働者のシフト編成はスマホアプリを通じて行われるようになり、オンデマンドのプラットフォーム労働への移行を反映して、シフトパターンが不規則になる可能性がある。

移民労働

介護人材における各種グループがどれだけ弱い立場に置かれるかを理解するにあたり、移民労働者の状況に注意を向ける必要がある。移民労働者が提供する介護は、豊かな国の長期介護システムの隙間を埋める。ここでも移民介護労働者は圧倒的に女性が多い。移住のほとんどは、経済的な理由、あるいは労働条件の悪さや母国で仕事が見つからないために起こる。インドやフィジーのケーススタディで見られたように、移民は主に高所得の先進国において、介護労働の過小評価による労働力不足を補うために有償・無償の労働を行う存在だ。

 

移民労働者は複数の不利な立場に置かれている。人身売買や酷使のリスクがあるほか、そうした労働者の不足を生み出したり、拍車をかけたりする点で、出身国の長期介護システムを圧迫する。移民を送り出す国の人口が今後数十年のうちに高齢化し、サービスを必要とするようになるにつれ、そうした国の間の圧力も高まるだろう。ジェンダーに起因した不利に加えて、彼らは人種、民族、国籍による差別も受ける。経済的に不利な階層に属する場合もあり、移民であるために定住先の国で特定の労働・社会・福祉・政治的権利を利用できない可能性がある。

 

フィジーとインドのケーススタディでは、いわゆる送り出す側の国もまた、こうした「ケアのバリューチェーン」において不利益を被っていることが明らかになった。とくに、インドのような国は、長期介護労働者から自国の家族への送金から利益を得ているかもしれないが、このように移民が流出することで自国では労働者不足が生じる。

容認しがたい労働条件と介護の質の低さ

市場化されたシステムにおける介護労働者の低賃金と雇用不安は不経済である。それは、多くのサービスが慢性的な離職と労働力不足に苦しみ、採用、入社、研修のサイクルが恒常化することで、公共部門の予算に影響が及ぶことが背景にある。パーソナライズされたサービスでは、低料金や緊縮財政の並行的な実施により、介護の質に多くの影響が及んでいる。労働者は、現金給付制度に関連して障害者や人権擁護団体が想定しているようなサービスを提供できないことが多い。

 

人員不足とサービスの質の関連性は深い。例えば、パンデミック最盛期に行われたロックダウンでは、長期介護施設の人員配置基準が高いほど死亡者が少なかった。これは、労働者が被介護者の間を移動することが少なくなり、感染のリスクが減った結果である。しかし、パンデミックでは、低賃金とその他の手当の受けにくさが、社会的弱者の感染を増加させたとの報告がある。例えば英国では、低賃金で不安定な契約で働く労働者の間で、民間事業者で勤務する被雇用者を中心に感染の報告をしなかったり、無症状であったりした者がウイルスの感染を広げていた。報告を怠ったのは、労働者が疾病手当を受け取る権利を持たないこととも関連がある。長年にわたり、民間事業者は利益を増大させるための経費削減として、疾病手当を縮小してきた。介護労働者も、生活費を稼ぐために複数の仕事を掛け持ちすることが多い。コロナ禍では、労働者が複数の施設やケアハウスを行き来していたため、社会的弱者にウイルスを感染させていた。

新型コロナウイルス感染症と長期介護

新型コロナウイルス感染症の危機は、世界中の長期介護に重大な問題を提起した。以前からの資金不足により、国のシステムは一般的に、厳格な感染予防・管理対策の実施、PPE費用の吸収、職員の訓練ニーズへの対応、労働者の病欠への対応など、パンデミックに関連する問題に対応する準備が不十分だったことが背景にある。新型コロナウイルス感染症による死亡者の大半は高齢者であり、その93%は60~65歳以上、58%が80~85歳であった(OECD、2021a)。

 

高齢者の重症化リスクの高さがこうした死亡を部分的に説明する一方で、介護現場が大きな原因であることが次第に明らかになってきている。密集、密接した施設、相部屋は、死亡率が高かった長期介護施設サービスで見られた共通の特徴であった。器具の質が低いことも関連して、同調査では、パンデミックの開始時点で、感染対策に関するガイドラインが整備されていたのは半数の国だけだったことが判明している(OECD、2021a)。

 

パンデミックは雇用体制に大きな影響を与えた。コメンテーターらは、長期介護入居者の死亡数が非常に多いのは、介護とその人材が過小評価されているためであるとしている。長期介護と人材の優先順位の低さは、パンデミックの初期段階におけるPPEの配布と職員の検査の遅れに表れている。コロンビアやチェコ共和国などでは、労働者は自分でPPEの購入費用を負担しなければならなかった(OECD、2021)。

 

人員配置基準

 

大半の長期介護システムが経験した資金不足は、現場の人員不足にまで波及した。いくつかの研究では、営利目的の施設では新型コロナウイルス感染症の死亡リスクが平均より高く、とくに人員配置基準の低さや施設の設計の古さに関連していることが判明している。さらに、長期介護の環境によっては、感染者を発見し隔離するため職員の訓練実施が遅れていた。

 

当然のことながら、OECD加盟国のほぼすべてが、前述の人員不足に対処するために長期介護労働者を採用するための措置を講じた。これには、長期介護施設に採用費用をカバーするための資金を提供することも含まれる。また、その一環として、退職した職員や失業者、学生を採用する取り組みもあったであろう。加えて、多大なプレッシャーのもとで働く労働者に報いるために一時金の支払いも増加した。OECD加盟国の約40%が、特別勤務に対して労働者に1回限りのボーナスを支給している。恒久的に賃金を改善した国も少数ながらあった(ドイツ、チェコ共和国、韓国、フランス)。移民制度に関連するその他の措置としては、外国人長期介護労働者のビザの一時的延長が認められた。コロンビア、ギリシャ、ラトビアだけが特別な措置をとっていない(OECD、2021a)。

 

病気による欠勤

 

労働者の移動を通じてウイルスが蔓延した理由のひとつは、多くの労働者が複数の仕事に就いていたことにある。OECD加盟国全体では、長期介護労働者の45%がパートタイムであり、多くの労働者が人間らしい生活を送るための生計を立てるために複数の仕事を掛け持ちしている。長期介護労働者は、非長期介護労働者よりも病気休暇を多く取ったり、コロナ前と比べても高いレベルの疾病が記録されたりする傾向があった。欠勤により、業務に適切に職員を配置したり、必要な水準の専門知識を確保したりすることが難しくなった。残された職員の仕事量は増大し、人員配置基準の格差が生じた結果、労働者の移動が増加し、長期介護での感染症が増加した(OECD、2021a)。

 

疾病手当が不十分であったり、支給されなかったりすると、職員は大きな経済的負担を負うため、多くの長期介護労働者は感染しながらも業務に就くことになる(OECD、2021a)。ゼロ時間契約の労働者はとりわけ、感染した場合に弱い立場に立たされる。契約上、彼らはいかなる疾病手当も受けられない。英国では、疾病手当が支給される場合でも、民間の長期介護施設を中心に職員の多くには、法定疾病手当(SSP)しか支給されない。SSPはグローバルノース諸国全体でも最低水準の疾病手当である。これらの問題は、組織(OECDなど)や労働組合だけでなく、学者(Elsen、2020)の注目も集めており、彼らは、労働組合の交渉や政策課題において休業管理と構造的有給休暇を再び論じる必要があると報告している。

 

新型コロナウイルス感染症を受け、PSI加盟組織は、保健衛生と個人用保護具の改善をめぐりコミュニティ保健労働者を対象とした南アジアのPSIキャンペーンに注意を促した。このキャンペーンの一環として、ILOの条約第149号「看護職員条約に関する一般調査」が活用された。この条約は、批准国に対し、看護資格を持つ職員の教育・訓練と、キャリア展望や報酬を含む雇用・労働条件の改善を約束することを求めている。地域においては、PSIは条約第149号の批准を促し、キャンペーンの戦略を立ててきた。

コロナ禍では移民労働者が弱い立場に立たされた。各国がすぐに国境を閉鎖したため、家族からも離れて孤立することになったためだ(WHO、2020)。だが、個々のケーススタディからわかるように、グローバルノース諸国の長期介護制度は、コロナやその他の外的ショックの影響を受け、今では移民労働者に大きく依存するようになっている。このことは、長期介護労働者の労働条件と権利について疑問を投げかける。

 

今後は、長期介護における人員不足、労働条件、労働安全衛生に対する意識とコンプライアンスに取り組むことが優先課題であると考えられている。少なくとも30か国がPPEの利用を高めるための政策を策定し、24か国がケアホームの入居者と職員の検査を優先的に行っている。OECD加盟国の少なくとも26か国では、職員数を増やすための政策が存在し、新しい職員や学生を雇用するための資金が確保されている。また、衛生面も重視されており、労働者の訓練も行われている(OECD、2021a)。

 

新型コロナウイルス感染症は今もなお脅威であることから、職場の活動家とPSI加盟組織は、組織が病欠と出勤をどのように管理しているかを調査する必要がある。勤怠管理に対する最近のアプローチは強制的かつ懲罰的であり、不正な欠勤にのみ焦点が当てられているという観察から、欠勤ポリシーに焦点を当てる必要がある。欠勤をめぐって職場でこのような風潮があると、労働者は病気でも出勤してしまい、保健上の危機が発生した際には懸念される行動となる。

低い組織率

介護労働者を対象とする労働者組織の存在と代表、および団体交渉を含む社会対話メカニズムの適用範囲は、介護労働者の賃金と労働条件を決定するだけでなく(ILO、2018)、より良い長期介護の提供を求める運動においても重要な役割を担う。

 

市場化された介護システムでは、公共部門を通じた直接雇用に比べ、団体交渉の影響力が弱い分野に雇用が外注されるため、組合は限定的にしか影響力を発揮できない。民間および任意部門の長期介護事業者は、これまで組合に属さなかった。反組合的な価値観は、ストライキなどの行動がサービスや業務、あるいは民間事業者の場合は利益創出に支障を来しかねないという恐れが根本にある。加えて、民間事業者や任意団体に所属する長期介護労働者を組合に動員する際にも問題がある。これは労働組合に加入する伝統がないためで、そのため組織化する団体の数も他部門に比べてかなり少ない。「工場の門」や、公共部門であれば学校、病院、行政機関など、労働者と集団的に関わる場所がない。長期介護の労働者は、パートタイムで途切れ途切れのシフトを組まされ、時には一人で、地域や個人の家で業務を行うため、連絡が取りにくい。彼らは同業者で組合を結成することが限られているため、組合運動がどう役立つかもよくわかっていない。また、ストライキや抗議運動などがサービス利用者に与えかねない影響を理由に、長期介護労働者が組合を恐れているという見方もある。

 

民間や非営利の事業者において組合に影響力がある場合も、サプライチェーンと資源依存効果によって、効果的な団体交渉の見込みはかなり限定的になる。とくに、政府が事業者に提供する資金がインフレ率を下回る水準であれば、外部委託先の事業者における賃金の団体交渉で公共部門労働者並みの条件を実現できる可能性は非常に低くなる。

 

団体交渉におけるこうした限界には、いくつかの理由がある。

·       第1に、公共部門とは異なり、団体交渉は一般に企業レベルで行われ、全国的な協約として適用されない。

·       第2に、企業レベルでは、国は「第3の雇用主」として、交渉には直接関与せずに、賃金妥結の基盤となる資金提供額を決定する。したがって、地方分権的な交渉体制にある組合は、財布の紐を握る国家機関の説明責任を追及したり、国家機関と交渉したりする力を持たない。さらに、これは労働組合が賃上げ不振の責任を直属の使用者に負わせ、集団行動を呼びかけることが困難であることを意味する。

 

個別化とパーソナライゼーションは、この部門の団体交渉や組織化にも影響を与える。

 

ケーススタディでは、団体交渉のアプローチによって、手の届かない長期介護労働者を保護できることが強調されている。例えばフランスとオーストラリアでは、労働組合が交渉する部門全体の労働協約が、組合未加入の長期介護労働者にも適用されている。さらに、スコットランドは現在、長期介護において部門全体を対象とした団体交渉を構築する政策を推進している。チリでは、組合が憲法改正と権利ベースの長期介護システム創設に関連した幅広いキャンペーンにおいて労働者の権利に取り組んでいる。

 

ケーススタディは、PSI加盟組織が市場戦略情報を含め、上記の課題を追求するためのリソースを持つことがきわめて重要であることを示している。これには、フランス、オーストラリア、スコットランドといったグローバルノースの国が、多国籍企業の活動についてさらに透明性を追求する力をつけることも含まれる。しかし、インドの事例では、労働組合がより基本的な情報(事業者の種類や、長期介護における労働・雇用の編成方法など)がわかるリソースを利用できるようにする必要性が強調された。さらにインドの事例では、グローバルサウスの労働組合が長期介護労働者の規模や人口構成、雇用関係における公式・非公式の度合いに関する基本的な労働市場戦略情報をいかに必要としているかが明らかになった。

 

労働組合の戦略的な立ち位置は極めて重要であり、長期介護の公共部門の管理に対する組合の継続的な政策提言も同様に重要になる。フランスでは、オルペア社のような営利事業者が公的資金を巻き上げる事態が露呈し、その結果、弱者である高齢者の状況は悪化し、長期介護労働者の労働形態が受け入れがたいものになり、長期介護部門で働く準備が整った労働者が十分にいない状況が生じたことが、この政策提言活動において決定的に重要であった。CFDTはまた、長期介護労働者が提供する介護の社会経済的価値について地域と政治の認識を高めるべく説得力のある主張を行っており、増員、専門化、スキルの認識、報酬の改善などを通じて長期介護部門に資金を投じることは、介護を頼る高齢者に尊厳あるサービスを提供するための投資として捉えられるべきだと主張している(CFDT 2019)。

 

コロナ禍で得られた以下の教訓は、長期介護部門の組合組織化キャンペーンや交渉課題にも浸透させることができる。

 

  • 人員配置基準が高いほど、感染や死亡の発生率が下がる。

  • 人員配置基準を高めることで職員の移動が減ると、ウイルスの感染を減らすことができる。

  • 人員不足は採用と仕事の質の向上、とくに賃上げと条件の改善によってしか解決できない。

  • パンデミックのピーク時に支給された賞与の統合を図ることで、賃金の改善に着手する。

  • 安全基準の策定と職員のための適切な訓練を行い、合わせて監督と徹底を図る。

  • 職員の精神衛生と健康は、身体的健康だけでなく、心理的健康に関してマネージャーを訓練することも含め、優先的に取り組むべきである。

  • コロナ後遺症に苦しむ労働者が不安定であることを認識する(OECD、2020 / OECD、2021b)。

組織化の主な課題

ディーセント・ワーク/質の高い長期介護を実現するための組合のアプローチ

以下のテーマをクリックして、その部門の組合にとっての既存の課題を探ろう。

公共部門における団体交渉

労働組合の組織化能力に対する攻撃など、より幅広い文脈や部門固有の問題がいくつかあり、今後数年間、労働組合にとって長期介護での組織化は困難になるだろう。労働組合は、メンバーを組織し保護する能力という点で、何十年もの間、重圧にさらされてきた。このような脆弱性の増大に影響を与えた要因は、経済的・政治的背景や労働市場の変化などさまざまである。公共部門の組合は従来、交渉での立場、メンバーシップ、適用範囲、組織化能力の維持という点で回復力があるとされてきた。

 

にもかかわらず、公共部門の組合は長期介護の組織化や被雇用者を代表するうえで問題に直面している。まず、多くの国々で影響力と強さを低下させた力に耐性があるわけではなかった。過去10年間で公共部門労働組合の力を奪った新自由主義的経済政策の多くは、世界金融危機が原点にあった。世界金融危機とその結果とられた緊縮財政政策は、政府が自由市場による社会の支配というイデオロギーと、その抵抗の主な形態のひとつである労働組合と団体交渉をさらに強固なものにするきっかけとなった。各国共通で、世界金融危機を公的債務危機と見なす傾向があり、危機の責任は公共部門を中心に組合と組合員に転嫁された。

 

こうした巧みな論法により、デフレを促す緊縮政策を補強すべく立案された、公共部門の団体交渉と組合保障に対する一連の公共政策改革が生まれた。たとえばEUでは、失業やさまざまな改革の結果、団体交渉の適用範囲、すなわち団体交渉で労働条件が決定される被雇用者の割合が低下した。

 

加えて、EU諸国は賃上げ要求緩和の圧力を受け、譲歩交渉(労働組合が雇用保障と引き換えに、多くの場合で一時的な条件低下を受け入れるような交渉)を行ってきた。上記の圧力は、長期介護の多くが提供されるレベル、つまりEU全域の地方政府レベルでも顕著である。国家は地方のガバナンスにも緊縮財政を強いた。

 

北米でも、世界金融危機後に組合に対する攻撃が起こり、組合運動に対する長年の政治的敵意が、米国とカナダ(EUほど財政問題に見舞われなかった)でさらに大きく弾みをつけた。世界金融危機では、危機の責任を追求する矛先が公共部門の労働組合と組合員に移ったため、保守派に財政規律、公共資産の縮小と民営化を主張するチャンスを与えた。両国とも年金や給与が攻撃の的となり、組合は州レベルの対策によって、年金や健康保険など特定の分野で交渉権を奪われ、賃上げに制限がかけられたりした。労働組合と組合員に対するこうした攻撃は、長期介護のように女性従事者が大半を占める職業に対するものなど、ジェンダーの要素がからむケースが多かった。

資源の奪い合い

まず、組合に伝統的に力がある場合や公共部門で組織化の歴史がある場合であっても、規制が及ぶ範囲は限られ、よって長期介護で公共サービス労働者に影響を与えることは難しくなる。また、長期介護のかなりの割合を任意団体や民間組織に委託している国も多く、そこでの労働組合の影響力は小さい。

 

民間事業者や非営利事業者へのアウトソーシングは、公共部門の組合主義の弱体化と相まり、資源配分の面でも組合に難しい選択を強いる。公共部門の組合は、公共部門、民間部門、非営利部門にまたがって組織化していることがある。労働組合は、長期介護労働者がまだ存在感を発揮する従来の公共部門の職場を再建・補強したいと考えるだろう。市場化されたケアシステムでは、営利・非営利部門の介護事業者が組合に属さない伝統があり、組合の影響力は限定的である。そのため、公共部門全体の組合内だけでなく、公共部門の他の分野とも資源の奪い合いが起こるだろう。

外部に委託されたサービスにおける反組合主義

反組合的な価値観は、ストライキなどの行動がサービスや業務、あるいは民間事業者の場合は利益創出に支障を来しかねないという恐れが根本にある。民間長期介護企業の場合、組合を認める事業者が少ないため、組合のある民間事業者に関する研究は限られている。しかし、労働組合が存在する場合、多くの問題と闘わなければならない。事業者によっては利益率が小さく、賃金の交渉が非常に難しい場合もある。また、プライベート・エクイティが存在する場合もあるが、そのような所有形態に関連する複雑な金融工学により、そうした企業の資金調達に透明性はなく、交渉も難しくなっている。

 

非営利組織にも特有の問題がある。特定の価値観や任務、特定の顧客グループの権利に固執するあまり、労働者の権利が損なわれがちになる。組合は、非営利団体で働く労働者がサービス提供で求められる柔軟性や犠牲に邪魔な存在とされている。組合からの抵抗に対し、一部の非営利事業者は、最悪の営利事業者と似た反組合的態度を示すことが知られている。これによって、交渉権が剥奪されるケースも発生している。

移民労働者

介護部門における移民労働者の増加も、同部門の組合にとって複雑な問題である。移民労働者は、労働時間やその他の条件における搾取が原因で、長期介護で最も弱い立場に置かれている。しかし、上記のような多くの理由から、移民労働者に手を差し伸べることは難しい。加えて、移住してまもない労働者は、組合に関する知識や経験が乏しいまま仕事に就く可能性がある。集団主義がかつての共産主義体制を連想させる東欧からの移民のケースでわかるように、労働組合の経験が否定的にとらえられる場合もある。移民労働者は「問題を起こす」と思われるのを嫌がり、権利も制限されている可能性があるため、移民労働者が置かれる弱い立場も組織化を難しくしている。

交渉力の欠如

営利・非営利の事業者において組合に影響力がある場合も、サプライチェーンと資源依存効果によって、効果的な団体交渉の見込みは限定的になる。とくに、政府が事業者に提供する資金がインフレ率を下回る水準であれば(一部のOECD諸国のように)、外部委託先の事業者における賃金の団体交渉で公共部門労働者並みの条件を実現できる見込みは低くなる。団体交渉におけるこうした限界には、いくつかの理由がある。第1に、公共部門とは異なり、団体交渉は一般に企業レベルで行われ、全国的な協約として適用されない。第2に、企業レベルでは、国は「第3の雇用主」として、交渉には直接関与せずに、賃金妥結の基盤となる資金提供額を決定する。したがって、地方分権的な交渉体制にある組合は、財布の紐を握る国家機関の説明責任を追求したり、国家機関と交渉したりする力を持たない。さらに、これは労働組合が賃上げ不振の責任を直属の使用者に負わせ、集団行動を呼びかけることが困難であることを意味する。労働組合が存在感を示す場合であっても、緊縮財政における資源依存が相まり、労働組合はほぼ恒常的な「譲歩交渉」の中で活動している可能性がある。その結果、長期介護における企業の交渉では、オーストラリアの事例のように、労働者の賃上げに影響を与えるのが困難になる。

個別化とパーソナライゼーション

個別化とパーソナライゼーションは、この部門の団体交渉や組織化にも影響を与える。これまでの研究では、ケアの受け手が公共サービスにおける仕事の性質や労使関係のプロセスに影響を与えうる3つのレベルが認識されている。まずは共同設計である。サービス利用者が自分たちのニーズを伝え、サービスの開発に貢献することである。2つ目は共同生産で、サービス利用者がサービスの運営に影響を与えられるようにするものである。そして最後3点目は共同監督で、これによって、サービス利用者はサービス提供の責任者に責任を追求することができる(Bellemare、2000)。しかし、こうした個別化スキームにおけるサービス利用者の力と権限は、他の労使関係主体(被雇用者、労働組合、経営)の相対的な強さと影響力に大きく左右されるため、すべてを包括するものではない(Bellemare、2000)。

長期介護における組合の影響力と組織化に対する示唆

介護労働者をカバーする労働者組織の存在と代表、および団体交渉を含む社会対話メカニズムの適用範囲も、介護労働者の賃金と労働条件を決定するうえで重要な役割を担う(ILO、2018)。リディア・ヘイズ(2017)は、長期介護部門で団体交渉が必要な8つの理由を概説している。

·       成人を対象としたLTCは産業である。

·       介護の仕事は高度な技術を要し、複雑化している。

·       労働条件が不安定である。

·       仕事の質が下がると介護の質も下がる。

·       個人の権利(法で定められているかどうかを問わず)は、これらの問題の解決には不十分である。

·       介護労働者は介護市場の構造により、声を上げることができない。

·       政府は社会的ケア全体で雇用の質を高めなければならない。

·       団体交渉はディーセント・ワークを生み出し、介護の質を高める。

組合にできること?

ケーススタディを含む独立報告書の調査結果に照らして、私たちはキャンペーンの焦点としていかに注目することを提言する。

·       ディーセント・ワークが質の高い長期介護を支えるという原則に基づいてキャンペーンを行う。

·       ディーセント・ワークと適正かつ質の高い長期介護を求めるキャンペーンへの道筋として、本報告書に概説されている6つの原則を採用する。

·       長期介護の調達と委託を担当する公的機関の意思決定に適正な労働条件の原則が組み込まれるようキャンペーンする。

·       可能であれば、すべての外部事業者に何らかの団体交渉を適用させる。部門レベルの団体交渉が望ましいが、職場の代表と発言力にも注意を払う必要がある。

·       公共・民間・任意団体部門全体で労働者の組合加入を効果的に促すために、長期介護部門における現行の組織化戦略を評価する。

·       新型コロナウイルス感染症のパンデミックで得られた教訓を踏まえ、長期介護における適切な人員配置基準を提唱する。

·       公的資金が長期介護に適切に投資されるよう、多国籍企業の金融取引の透明性向上を求めてキャンペーンを展開する。

·      ジェンダーに基づく有償介護労働の過小評価、民間・公的・任意団体の労働者間の差、キャリアパスの崩壊、賃金分類と相対性を認識した上で、適正な賃金を求めるキャンペーンを展開する。

·       居宅介護に携わる労働者が利用者間を移動する時間に対して賃金が支払われるよう、介護費用の全額支給を求めるキャンペーンを行う。

·       その他、賃金以外の給付を改善し、とくに有給休暇の増加、年金受給権、雇用保障に注意を払う。

·       適正な労働時間の取り決めを定め、不完全雇用をなくすために、職員の労働時間を再編成する。

·       途切れ途切れのシフトの問題に対処することで、仕事と家庭を両立できるようにする。

·       ゼロ時間契約(英国で一般的)など、搾取的な契約形態の利用を撤廃する。

·       新しいテクノロジーを導入する際に、労働者の声と代表が確保されるようにする。

·       現行の医療システムの構築と強化により、長期介護の提供を改善するキャンペーンを行う。グローバルサウスの国々は統合された長期介護システムがない可能性が高いため、そうしたケースでは医療提供の中で高齢者にサービスを提供することができる。

·       公式・非公式の介護人材に関する正確なデータをグローバルサウス諸国から収集する。

·       俸給ではなく、適切な賃金を支払うことなど、グローバルサウスの国々における非公式労働者の雇用権を確保することに注目する。

·       受け入れ国における移民労働者の権利に焦点を当てるとともに、現地の介護人材の創出と維持への依存度を高めるよう支援する。

 


私たちの調査をさらに詳しくご覧になりたい方は、こちらの広範な報告書全文をご覧ください(英語のみ)。